旅行・観光業のデータ・AI活用ガイド ― 需要予測・価格・販路・顧客の声を成果につなげる全体像
旅行・観光業では、座席や客室、ツアーの催行枠は、出発や宿泊の日時を過ぎると売ることができなくなります。売れ残った分を在庫として翌日に持ち越すことはできず、その販売機会はそのまま失われます。だからこそ、需要が過去最高まで戻ったいま、限られた座席や客室を、いつ・いくらで・どの販路で売るかの判断が、そのまま収益と利益を左右します。本記事では、需要予測から価格・販路、リピート、顧客の声まで、収益に効く論点について、自社データを起点に成果へつなげる考え方をまとめます。
市場の追い風 ― 需要は戻り、論点は「収益の最大化」へ
2025年の訪日外客数は42,683,600人(前年比15.8%増)と過去最高を更新しました(日本政府観光局(JNTO)、2026年1月21日)。訪日消費額も9兆4,559億円(前年比16.4%増)と過去最高で、1人当たりの旅行支出は22.9万円(前年比+0.9%)でした(観光庁、2026年1月21日)。総額の伸びは主に旅行者数の増加によるもので、単価はほぼ横ばいです。つまり、需要そのものより、限られた座席や客室からどれだけ収益と利益を引き出すかが、いま各社に共通する論点になっています。
なぜ多くの企業で「データはあるのに活かせない」のか
旅行・観光の現場には、予約システム、客室や座席の在庫管理、POS、OTAの販売データ、会員・顧客情報、口コミなど、多くのデータがあります。ところが、これらはシステムごとに分かれて保管され、AIがそのまま学習や予測に使える状態、いわゆる「AI-ready」になっていないことがほとんどです。AI-readyとは、表記や形式が統一され、名寄せや欠損の処理が済み、どの項目が何を表すかの意味づけが明確で、部門やシステムを横断して一つの基盤から参照できる状態を指します。
データがAI-readyでないと、具体的に次の問題が起きます。第一に、需要を左右する要因(時期・価格・顧客層・天候・評判など)が別々のシステムに分かれているため、それらを掛け合わせた予測ができず、予測が過去実績の延長にとどまります。第二に、担当者がシステム間のデータを手作業で突き合わせることになり、更新の頻度と粒度が落ちて、意思決定が後手に回ります。第三に、部門や施設ごとに指標の定義がばらつき、全社で見て最適な判断ができません。
つまり、成果が出ない最大の理由は技術そのものではなく、データがAI-readyに整っていないこと、そして予測や提案が現場の意思決定と日々の運用に結びついていないことにあります。分散したデータを一つの基盤に統合し、業務に合わせたAIを動かし、現場の運用に載せて初めて、数値は動きます。
成果を測る共通言語 ― レベニューマネジメント
売り切り型の在庫を扱う旅行・観光業では、需要に応じて価格と在庫の配分を調整する「レベニューマネジメント」が収益を大きく左右します。もともとは航空業界の座席管理(イールドマネジメント)から広がった考え方で、いまは宿泊やツアーにも共通します。
宿泊業では、その成果をRevPAR(提供可能な客室1室あたりの収益)で測るのが一般的で、RevPARはADR(平均客室単価)×OCC(稼働率)に分解できます(CoStar/STR)。この分解から、稼働率を優先するか単価を優先するか、という判断の勘どころが見えてきます。航空や鉄道なら座席の稼働率と単価、ツアーなら催行率と単価と、見る指標は業態で変わりますが、「在庫を、変動する需要に対して最も収益が高くなるように売る」という考え方は共通です。
論点1 需要予測 ― いつ・どれだけ売れるか
最初の論点は、日別・便別・ツアー別に「いつ、どれだけ売れるか」を見立てることです。過去の実績だけを頼りにすると、大型イベントや天候、為替や渡航動向といった外部要因を取りこぼします。予約・在庫のデータに外部データを組み合わせて予測すると、価格・在庫配分・仕入れ・要員配置といった後工程の判断すべてが精度を増します。予測は一度作って終わりにせず、実績と突き合わせて更新し続ける仕組みにすることが要で、この予測が以降のすべての論点の土台になります。
論点2 価格と在庫の最適化 ― いくらで売るか
需要の見立てを価格に変えるのがダイナミックプライシングです。需要が高い時期は単価を上げ、閑散期は稼働を優先するなど、需要に応じて価格と在庫の出し方を動かします。業界では成果を数値で示す例も出ており、たとえば倉敷アイビースクエアでは、AIを用いた価格設定システムの導入で、価格設定の作業時間が約30%減り、売上が前年比で約10%増、ADRが5%向上したと公表されています(Dynamic Plus の資料)。大切なのは、AIが出す推奨価格を「参考値」で終わらせず、現場が日々の値決めに使う運用へ落とし込むことです。
論点3 販路と広告の投資配分 ― どのチャネルが利益を残すか
どの販路で売るかも収益を大きく左右します。OTAや代理店を経由すれば手数料がかかり、自社サイトやアプリでの直販でも、リスティング広告やSNS広告といった集客費用がかかります。どの販路にも固有のコストがあるため、各チャネルを「経由した予約数(直接のコンバージョン)」だけで評価すると判断を誤ります。獲得したお客様が生む売上と顧客生涯価値(LTV)、そして投じた費用に対する回収(ROI)で媒体を評価し、OTA手数料も自社広告費も同じものさしで比べて、ROIの高いチャネルへ予算を寄せる。この考え方で、直販比率も含めた販路と広告の投資配分を最適化します。
論点4 リピート・LTVの最大化 ― 一人あたりの価値をどう伸ばすか
顧客生涯価値(LTV=一人のお客様が生涯に生む利益)を伸ばす道は、大きく二つあります。一つは、一回あたりの利用単価を上げることです。宿泊に食事や体験、送迎を、移動に座席のアップグレードや現地のアクティビティを組み合わせて提案します(クロスセル・アップセル)。過去の予約履歴や属性から「どの顧客に、どの時期に、何を薦めると響くか」を見極め、予約時やチェックイン前など適切なタイミングで、一律ではなく個別最適の提案として届けます。もう一つは、再び選んでもらうことです。新規のお客様の獲得にはコストがかかりますが、一度来たお客様の再訪は、新規獲得のコストをかけずに収益を積み上げます。予約・利用・問い合わせの履歴を一人の顧客としてつなぎ、離反の兆候や再訪しやすい時期を見極めて、会員向けの案内やパーソナライズしたオファーを届けます。単価と再訪の両面から、目先の一回ではなく生涯にわたる関係で顧客を捉えることが、安定した収益の土台になります。
論点5 顧客の声を打ち手に変える ― 口コミ・レビューの活用
口コミやレビュー、問い合わせには、次の打ち手のヒントが詰まっています。従来は担当者が目で追うか、限られたキーワードで拾うのが精一杯でした。いまはAIを使って、多言語の口コミという文章のデータを、「清潔さ」「立地」「接客」「価格への納得感」といった観点ごとのスコアや項目に整理し、扱いやすい構造化データに変換できます。数値として整理できれば、どの改善が満足度や再訪につながるかを、継続的に追えます。問い合わせ対応の一次受けを自動化し、繁忙期の人手を空けることもできます。ここでも、読み取って終わりにせず、施設やサービスの改善の意思決定に結びつけることが、成果の分かれ目になります。
一般的なツールとの違い ― 成果が出るまで伴走する
市場には需要予測や価格最適化のツールが数多くあります。atarayoが見るかぎり、その多くは「AIが推奨値を出す」ところまでを担い、そこから先の「現場で使われ、指標が実際に動くまで」は各社に委ねられます。atarayoは、汎用ツールの導入ではなく、事業者の独自データ(予約・在庫・OTA・POS・顧客・口コミなど)を一つの基盤に統合し、その業態に合わせた業務特化のAIを設計し、運用定着まで伴走します。分析やPoCで止めないことを前提に置いている点が、既存の選択肢との違いです。
何から始めるか
着手の順序はシンプルです。まず、自社データの棚卸しです。予約・在庫・OTA・POS・顧客・口コミが、どこに、どの粒度で存在し、どこが分断されているかを把握します。次に、論点を1つに絞った小さな実証です。需要予測や口コミの整理など、成果を測りやすいところから始めます。そして、その仕組みを現場の日々の運用に載せ、指標で効果を確かめながら対象を広げます。大きな基盤を先に作り込むのではなく、成果が出る最小単位から運用に載せることが、分析やPoCで止まらないための近道です。
まとめ
需要が過去最高まで戻ったいま、旅行・観光業の論点は「どれだけ集客するか」から「限られた在庫からどれだけ収益と利益を引き出すか」へ移りました。鍵になるのは、分断された予約・在庫・顧客のデータを一つの基盤に統合し、そのうえで需要予測・価格・販路・リピート・顧客の声という論点を、成果指標が動くところまで一続きで設計することです。ツールを入れて終わりにせず、現場の運用に定着させて初めて、数値は動きます。
出典
- 日本政府観光局(JNTO)報道発表, 2026-01-21: https://www.jnto.go.jp/news/press/20260121_monthly.html
- 観光庁 報道発表(訪日外国人消費動向), 2026-01-21: https://www.mlit.go.jp/kankocho/news02_00071.html
- CoStar / STR Benchmark Glossary(RevPAR・ADR・OCC 定義): https://www.costar.com/products/str-benchmark/resources/glossary
- Dynamic Plus(ホテル業界のAI導入ガイド。倉敷アイビースクエアの公表値を紹介): https://www.service-dplus.com/knowledge-1255

